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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)10352号 判決

原告 北島勇

右訴訟代理人弁護士 野崎義弘

同 篠崎和也

右訴訟復代理人弁護士 郡司宏

被告 狸塚健次

右訴訟代理人弁護士亡藤川幸吉復代理人弁護士 鷹取謙治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告は原告に対し、金一〇五七万四二三五円およびこれに対する昭和四六年一月一日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  第一項につき仮執行の宣言。

(被告)

主文同旨。

第二当事者の主張

(原告の請求原因)

一  原告は、別紙物件目録第一記載の建物(以下、原告居住建物という。)に居住し、同所において茶販売業を営んでいた。

二  被告は、同目録第二記載の建物(以下、被告居住建物という。)に居住し、同所において青果業を営んでいた。

三  原・被告の各居住建物は、京王線笹塚駅近くの通称北沢商店街のほぼ中心に位置し、その構造は、両者同一で境の土壁を中心線とした対照形をなし、実質上右土壁を共有する木造二軒長屋式の建物であった。

四  被告居住建物は、昭和四五年一二月二八日午後六時五〇分ころ二階南西側風呂場浴槽(以下、本件浴槽という。)から出火し、同建物二階が全焼したほか、原告居住建物に延焼し、同建物二階が焼失した(以下、本件火災という。)。

五  本件火災の発生につき、被告には次のとおり重大な過失があった。

1 本件火災は、本件浴槽に水が入っていないのに、ガスバーナーに点火したため空焚きとなり、浴槽が過熱して着火し、発生するに至ったものである。

2 ところで、浴湯を沸すにあたっては、浴槽に十分な水が注入されていることおよび排水口が完全に閉ざされて水洩れしていないことを確認したうえでガスバーナーに点火し、浴湯が適温となったら、ガスの供給を停止すべき注意義務がある。更に原・被告各居住建物の如く商店街の中心に位置し、自己の建物が隣家建物と土壁を共有してこれに接している場合には、火を失したときその被害が広範囲に及ぶこととなるから、通常の場合に比して、右注意義務は加重されている。

3 しかるに、被告または被告の母狸塚寿(以下、寿という。)は、本件火災の日の午後五時四〇分ころ、本件浴槽に水が十分注入されたことおよび水洩れしていないことを何ら確認せず、ガスバーナーに点火し、右浴槽内に水がなかったことから空焚きの状態となり、さらに冬期においては通常約二〇分間で浴湯が適温となるのに、そのころこれを確認せず右点火から一時間以上も右状態を放置して、ガスの供給の停止を怠ったため、前記のとおり本件火災となったものである。よって右注意義務をつくさなかった被告には重大な過失がある。

六  原告は、本件火災により別紙損害一覧表品目欄記載の所有財産を焼失し、もって同表損害欄記載のとおり合計一〇五七万四二三五円相当の損害を蒙った。

七  よって原告は被告に対し、右損害金一〇五七万四二三五円およびこれに対する本件火災の日の後である昭和四六年一月一日以降右完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告の答弁)

一  請求原因一ないし四の事実は認める。

二  同五のうち、本件火災は、被告の母寿が当日午後五時四〇分ころ本件浴槽に水が十分注入されたことおよび水洩れしていないことを確認せずにガスバーナーに点火し、右浴槽内に水がなかったことから空焚き状態となり、浴槽が過熱して着火し、発生するに至ったものであることを認め、その余は争う。

本件火災は、次のような事情のもとで発生したものであるから、被告および寿には重大な過失がない。

1 被告方では風呂焚きは寿の日課であったところ、寿は当日午前九時三〇分ころ、二階掃除の合間に本件浴槽に注水した。

2 寿は右注水の際、湯かき棒の柄で排水栓をたたいて栓口に押入れたから、この時点では栓と栓口とは密着していて漏水してはいなかった。

3 ところで、本件浴槽は日立化成工業株式会社の製品であるが、排水栓が合成ゴム製であるためともすると栓口と密着せず、はずれやすいという欠陥があり、本件でも、注水後右欠陥によって水が漏水したものと考えられる。

4 被告方では被告の父が午後七時ころ入浴する習慣となっていたので、寿は当日午後五時四〇分ころガスバーナーに点火したが、その際、約一時間過ぎに適温となるようにガス栓は半開きの状態とし、また浴槽には水が注水されたままであるものと信じて浴槽のふたを開いてこれを確認しなかった。

5 寿はその後約一時間を経過した午後六時四〇分ころ、湯かげんをみに風呂場に行ったところ、すでに浴槽に着火しており、被告らにおいて消火につとめたがついに消し止めることができなかった。

6 したがって、寿には過失があったとしても、重大な過失はなかったものである。

三  請求原因六は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一、原告が原告居住建物に居住し、同所において茶販売業を営んでいたこと、被告が被告居住建物に居住し、同所において青果業を営んでいたこと、右各建物が通称北沢商店街のほぼ中心に位置し、その構造が両者同一で境の土壁を中心線とした対照形をなし、実質上右土壁を共有する木造二軒長屋式の建物であったこと、昭和四五年一二月二八日午後六時五〇分ころ本件浴槽から出火し、本件火災が発生したことについてはいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件火災の発生原因および被告に右火災発生につき重大な過失があったかについて判断する。

1  本件火災は、寿が当日午後五時四〇分ころ本件浴槽に水が入っていることを確認しないでガスバーナーに点火したところ、右浴槽内に水が入っていなかったことから空焚き状態となり、浴槽が過熱してバーナーからこれに着火して、発生するに至ったものであることは当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫を総合すると、

(一)  被告方においては風呂焚きの仕事は寿の日課となっていたところ、寿は当日午前九時三〇分ころ二階を掃除するかたわら本件浴槽に注水を行ない、浴槽の七割程度のところで止水したこと

(二)  寿は右注水の際、湯かき棒の柄で排水栓をたたいてこれを排水口に押入れたこと

(三)  しかしながら、排水栓と排水口との角度が悪かったため両者は完全に密着せず、わずかではあるが漏水を生ずるものであったこと

(四)  右漏水の結果、寿が前記のとおりガスバーナーに点火するまでには、本件浴槽内には水がない状態になっていたこと

(五)  ところが寿は、午後五時四〇分ころ右浴槽には水が入っているものと信じて、浴槽のふたを開けてこれを確かめないまま前記点火行為に及んだこと

(六)  被告方では午後七時ころから家族が順次入浴する習慣となっていたから、寿は右点火に際し、約一時間後に適温となるようにガス栓を半開きの状態にしたこと

(七)  そして寿は、右点火から約一時間を経過した午後六時四〇分ころ、湯かげんをみに風呂場に行ったところ、すでに浴槽に着火していたため、ただちに被告らが消火活動を行なったが間に合わず、前記争いのない本件火災に至ったこと

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  ところで、浴湯を沸す者には原告主張のとおりの注意義務があると解すべきところ、右認定事実によれば、寿が右注意義務をつくさなかったものと認めることができる(なお、被告は本件浴槽は日立化成工業株式会社の製品であるところ、右製品は排水栓に欠陥があったと主張し、≪証拠省略≫によると本件浴槽が右会社の製品であったこと、≪証拠省略≫によると右会社の製品には一部欠陥品といわれるものが存したことが認められるけれども、このことから本件浴槽に被告主張のような欠陥があったとは断ずることができないから、右主張は採用しない。)。なお原告は、点火後一時間以上ガスの供給を停止せず放置した点に注意義務違反があると主張するが、火災当日が冬期であること、および前記認定のごとき被告方の事情を考慮すると、この点については、寿に注意義務違反の所為があったということはできない。

4  そこでさらに寿の右注意義務違反の程度について考えてみるに、原告は、原被告居住建物の位置および構造からみて通常の場合に比し防火上の注意義務が加重されると主張するが、わが国の住宅事情に照らすと、右主張はとうてい採ることができない。そして前記認定事実のもとでは、寿の注意義務違反の程度は、故意に近い著しい注意義務違反であるということはできないから、本件火災発生につき寿に重大な過失があったと断ずることはできず、その他寿ないしは被告に重大な過失があったことを認めるに足りる証拠はない。

三  そうすると、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井野場秀臣)

〈以下省略〉

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